日記

2012年5月2日0時55分


フレちゃんは息を引き取りました。

親にとっては
孫、子供、家族
のようにかわいがってくれたコーギーです。

あたしが一人暮らしをする数ヶ月前に
両親の結婚記念日にあげたんです。

とっても笑顔がかわいくて
お父さんが大好きで
猫のレオちゃんとも
仲良く生きてきた。

お母さんは同等と思われていたので
軽くあしらわれてたけど

でも、
最後はお母さんが看病していたので
お母さんに感謝しているかのように態度が変わった。

30日あたしは仕事が忙しかったけど
朝早く起きてしまって
快晴

彼もしばらくこない

なんとなく
フレちゃんに会いに行こうと思って

バイクで実家に。

元気で
動画とったり写真撮ったり
楽しく過ごして
あたしはまたくるからねって
帰ろうとしたら

具合悪いのに
立ち上がって玄関まで送ってくれた

最近は体調悪くしてから
見送ってくれることはほとんどなかったんだけど

びっくりして
フレちゃんいいからつかれちゃうから
ねてなねっていってもついて来ちゃって
玄関でにこっとお見送りしてくれた。

あたしはこれが
忘れられない。

これが元気なフレちゃんの最後。

その前4月に帰ったときは
苦しそうでずっと寝てたから。
あれから回復してるって言われてて
本人も元気だったから

信じられなかった。

1日の夕方
連絡があった。

フレちゃんが急変して
今夜がやまで
危ないかもしれない。
これそうならきて
でも、仕事ならしょうがないから

って

前の時も同じだったけど
行けなかった

けど
今回はこれで行かなかったら
もう二度と会えない気がして

雨の中25キロ離れた実家にバイクでむかった。

死んじゃったらどうしよう。

きのうあんなに元気だったのに。

一ヶ月頑張って回復したのに

なんで????

ぐるぐる頭の中にかけめぐるながら
泣きながら病院にいった

そこには
もう意識がなくて
息しかしてないフレちゃんがいました。

それからいろいろ
先生は治療してくれましたが

結局日にちをまたいで1時間後なくなりました。

お母さん
お父さん

たぶんあたしよりもショックを受けていて。

病院にも夕方からお母さんなんていて
家に帰らないって
すっと見てた。

お父さんも見てはいたくても
辛いからと何度か家に帰った。

本当に長かった。

フレちゃんは麻酔かけられたままだったから
きっと苦しまずいけたと思います。

それだけが
救い。

穏やかな顔のママなくなってました。

途中ね、
もういいよっていいたくなった
フレちゃん苦しいんじゃないかって

一ヶ月薬のせいでゼイゼイ息してて可哀想だと思ってた
それがもっとひどい状態で

でも辞めてくださいとは
いえなかった
後悔する

結局最後までがんばっていってしまった。

ありがとう。

後から考えてみれば
色々
フレちゃんは
考えて
時期をみて
なくなったんだと思う。

あたしが帰ってきて元気な姿見せた後だったし
GWであたしが帰ってこれるとき
お父さん、お母さんは犬の看病や散歩で疲れ切っていてお父さんは持病があるのできついといってた後。
嫌な話だけど凄くお金かかって通院してたので、お父さんに人間のえさあげたのはあなただから頑張りなさいとお母さんが言ってしまったのを聞いてた。
すごく顔色みる子だったから、いろんな事考えていたのかもしれない。
意識が戻っても、能に障害が残る可能性が多いから、お母さんに迷惑かけちゃうとか。
4/2に具合悪くなってちょうど一ヶ月だったし。
あと、あたしに赤ちゃんができるまで孫代わり頑張ってとかいってしまったのももしかしたら。
いろいろ本当にいっぱい不思議なことがタイミングみてなくなったんじゃにかって。

だから
本当にいなくなってしまって
みんな後悔とショックで
大丈夫だろうか

あたしは元々離れてくらしてるから
まだしも。

3人はどうなんだろう。

立ち直ってくれれば良いけど。

2日の昼過ぎに
早いと思いましたが
硬直するフレちゃんを見たくなくて

高尾霊園というところで
個別火葬をお願いしました。

ペットの火葬はここがいいとおもいます。
お値段もお手頃ですが。

何より
火葬の担当の方が

人の火葬よりとても丁寧で
びっくりしました。

この年なのでお葬式と火葬の立ち会いは何度も行きましたが
あんなに丁寧だった火葬は見たことありません。

愛されたペットなので
とのことでしたが

おもてなしの心のような

本当に感動しました
ここまでしてあげられて本当に良かった。

これから
フレちゃんのいない生活になりますが。

親たちのため

あたしも
家族が出来れば良いんですが。

もし
あたしに
近い将来赤ちゃんが出来ることがあれば
フレちゃんが生まれ変わってくれればいいなと。

火葬されるとき

次は絶対
あたしの赤ちゃんとして
本当の孫として産まれてきてねって
祈りながら
見送りました。

本当に
近い将来に出来ることがあれば
やっぱ
なくなったのも

ちゃんと考えて時期をみてなくなったんだと思います。

そうなればいいなという希望から
あたしは、強くいれました。

親に
あんたが一番泣くと思ったけど
一番強かったわねって
言われた。

火葬場に電話も両親とも震えてショックで電話かけれないでいた
あたししかいないかと
電話して、予約して。
運転も震えて出来ないと言うから
あたしが運転して連れて行った。

それが出来たのは
きっと、自分の子として生まれ変わるためになくなったんだと
思ってたから。
そのためのお別れなんだと思ったから。

可哀想だったけど。

そうおもうことで
あたしが強くいないと
この家族はダメになっちゃうなって思ったから。

これからすこしづつ
癒えるといいけど。

心配です。